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かぶってSDGsに貢献できる!? サステナブルな麦わら帽子


夏を代表するファッションアイテムの1つといえば、麦わら帽子。海水浴や川遊び、スイカ割りや虫採りなど、夏休みの思い出や郷愁をかきたてる夏の風物詩でもあります。そんな麦わら帽子はどんなふうに誕生し、どのように日本で広まったのでしょう。その歴史を紐解きます。

麦類の栽培が盛んな西洋で誕生した「ストローハット」

麦わら帽子の起原は古く、紀元前の古代ギリシャ時代にあった「ペタソス」という帽子がルーツと考えられています。頭部を覆う部分が丸く、広いつばを持った形状で、素材は麦わらやフェルトだったようです。

大麦や小麦の栽培が盛んなヨーロッパの人々にとって、麦の収穫後に大量に残る麦わら(英語ではstraw:ストロー)は、家畜の飼料以外にも、有効活用が考えられていました。そのひとつが、ストローハット(麦わら帽子)づくりだったのでしょう。中が空洞の麦わらで編んだ帽子は通気性に富み、頭部にこもる熱や湿気を外に逃がしてくれる優れもの。しかも軽くて長時間被っていても疲れにくいことから、中世以降、日差しの強い夏の農作業に欠かせぬアイテムとして、ヨーロッパ中に普及していきました。

18〜19世紀には、富裕層の人々が避暑地で被るファッションアイテムとしても人気に。印象派の画家ルノワールやセザンヌなどの絵画に、麦わら帽子をかぶった少女や貴婦人の姿が多く描かれていることからも、流行の様子がうかがえます。

伝統的手工芸の技を生かした、日本生まれの「麦稈真田帽子」

日本に西洋の帽子が流入したのは、明治維新後のこと。「ザンギリ頭を叩いてみれば文明開化の音がする」と言われた通り、男子のちょんまげを切り落とす断髪令の施行をきっかけに、ザンギリ頭を飾るのに“シャッポ(西洋の帽子)”をかぶる習慣が定着します。

麦わら帽子の素材となる「麦稈真田(ばっかんさなだ)」の生産が日本で始まったのも、そのころです。麦稈真田とは、麦稈(麦わら)を平たくして裂いたものを真田紐(戦国時代から伝わる手工芸品)の手業を使って編んだもので、主原料である大麦の栽培が盛んだった岡山県と埼玉県が、代表的な産出地。当時は農家の副業として麦稈真田が作られ、麦わら帽子の生産が盛んな欧米に向けて輸出されていました。

国内生産が盛んになるのは、昭和に入ってから。麦わら帽子製造用ミシンが発明されて世に出回ったのを機に、「麦稈真田帽子」の呼称で、おしゃれな国産麦わら帽子づくりに乗り出す地域が続出。その多くが国内有数の大麦の生産地でした。全国的に見て、岡山県と埼玉県で今も帽子メーカーが目立って多いのは、そんな歴史の産物かもしれません。

麦わら帽子は数千年の歴史を誇るサステナブル製品!

麦わらという農業副産物の資源に着眼し、大麦を余すところなく使い切ろうと考えた先人の知恵から誕生した麦わら帽子。古今東西、歴史を経ながら現在に受け継がれてきたファッションアイテムですが、その存在価値は古びるどころか、きわめて現代的です。

令和2年7月、麦稈真田の麦わら帽子を地域の「伝統工芸品」として今も大切にしている埼玉県春日部市は、SDGs(持続可能な開発目標)達成に向けて優れた取り組みを進める「SDGs未来都市」に選定されました。そのオリジナルロゴマークには、麦わら帽子のモチーフが採用されています。

また、SDGsをめぐっては、近年、プラスティックごみの海洋生物への被害を減らすため、プラスティック製ストローに替わる素材として、麦わらを利用した「大麦ストロー」が注目を集めています。

実用性とデザイン性のみならず、地球環境にやさしいサステナブルな存在意義も兼ね備えた麦わら帽子を、ぜひ積極的にファッションに取り入れてみてはいかがでしょうか。