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大麦で作る美しく繊細な民芸品「城崎麦わら細工」


皆さんは、「麦わら細工」をご存じでしょうか? 同じ「わら細工」でも、わらじや蓑(みの)、正月飾りなどに代表される「稲わら細工」のほうが馴染み深いかもしれません。しかし米と同じように、昔から日本人にとって身近な食料だった大麦や小麦でも、収穫後の「麦わら」を使ってさまざまなものが作られてきました。なかでも、大麦の茎を色とりどりに染め、桐箱などを装飾する「麦わら細工」は、豊かな彩と独特の風合いに魅了されます。今回は、大麦ならでの特性を生かした「麦わら細工」の世界を紹介します。

城崎で300年前から受け継がれた伝統工芸品

大麦のわらを用いた「麦わら細工」の発祥は、兵庫県の城崎だと言われています。今から300年ほど前の江戸時代中期に、因幡(現在の鳥取県)の “半七”という男性が、城崎温泉に湯治に訪れた時のこと。宿料の足しにと、染色した大麦わらを竹笛やコマなどに張って、土産物として宿の軒先で販売し、大人気を博したとか。以来、「城崎麦わら細工」の技は後世の職人さんに脈々と受け継がれました。今では、兵庫県伝統工芸品および豊岡市無形文化財に指定されています。

節から節までが長く、茎が柔らかい「大麦」はわら細工にぴったり!

そもそも、「麦わら細工」に「大麦」を使うのはなぜでしょうか? 「城崎麦わら細工」の技術を代々継承してきた「かみや民藝店」の神谷俊彰さんによると、そのカギは作品の作り方にあるようです。作り方とともに、教えていただきました。

背丈が高い大麦は、作品に使う節から節までの間隔が長く、細工材料を多めに取ることができます。まず、大麦わらの硬い節をカットします(節切り)。これを染めやすくするために、重曹を溶かしたお湯で煮て、作品の色味に合わせて数十種に染色します。さらに、筒状の茎を湿らせ、切り開いて平らに伸ばしていきます。大麦は茎が柔らかいので、この作業にも向いています。準備ができたら、桐箱や色紙、土鈴などの素材に色鮮やかな麦わらを糊で張りつけていきます。糊の材料はお米と水だけ。お米はねばねばしているので、滑りやすいわらを張りつけるのに好都合。とはいえ、使う場面によって糊の粘度も変えなくてはならないため、職人さんが手でその感覚を覚えるのに、かなりの時間がかかります。

大麦わらのツヤと緻密な手作業が生み出す、優美な作品

コウノトリをモチーフにした模様張りの作品

染色した麦わらを使い、きめ細やかで美しい輝きを放つ装飾を施す「大麦のわら細工」。その技法は大きく分けて「模様張り」と「小筋(こすじ)張り」があります。「模様張り」は、花鳥や人物などの模様を桐箱に張って作ります。モチーフが生み出す、優雅な曲線模様が持ち味。大麦は柔らかく、ツメが当たるだけでも表面に傷がついてしまうほど繊細。そして緻密な制作は途中でやり直しがきかず、職人泣かせのようです。

幾何学模様が美しい小筋張りの作品。球体の菓子器ボンボン入れ(上)と A4サイズが入る桐箱。用途はお好みで(下)

もう一つが、幾何学模様の直線美に目を奪われる「小筋張り」。色鮮やかに染められた数十種の中から選んだ複数のわらを糊でつなぎ合わせ、縞柄の筋にして張っていきます。六角形や菱形の中に入る小さな模様はなんと、数ミリほどの細かさ! 交差された線どうしの角度は30度が基本で、模様合わせは1ミリのズレも許されません。端から端までゆがまずに一本の線になっているか、職人さんの厳しい目が光ります。

すべて手作業で、複雑な工程を経てできあがった、優美で繊細な作品の数々。麦わら細工の魅力は、なんといっても「大麦の素材自体」にあるそう。「模様張り」で絵を描くように、わらを自在にはめられるのも、麦に光沢としなやかさがあるからこそ。そして、同じ色のわらでも、張る方向によって見え方や輝きもがらりと変わるというから驚きです。

今では、箸置き、ペンダント、小物入れなど、私たちでも気軽に使えるアイテムも増えているようです。遠い“いにしえ”に思いを馳せながら、お気に入りの一品を探してみませんか。