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家康の長寿と温厚さは「麦ごはん」のおかげ!?


麦ごはんのはじまりは奈良時代

白米に大麦を混ぜて炊く麦ごはんは、今でこそ健康や美容への意識が高い人たちに支持される賢者の主食ですが、ひと昔前までは、白米のかさを増すためや、安価に栄養を補うためといった消極的な意味合いで使われることが少なくありませんでした。白米と比べて価格が安いうえ、栄養価が高い大麦は、戦前戦後の厳しい時代の日本人の健康を支えてきたともいえるでしょう。

では、麦ごはんはいつから食べられていたのでしょうか。日本に大麦が伝わったのは、今から1800年ほど前の弥生時代のころ、中国から伝わりました。奈良時代になると広く栽培されるようになり、白米と一緒に大麦を炊いた麦ごはんもこのころから食べられるようになってきたとされています。以後、麦ごはんにまつわる記述も、あちこちで見られるようになります。

栄養がたっぷりの「麦飯」にこだわった家康

有名なところでは、江戸時代の天下人として知られる徳川家康が好んで麦ごはんを食べていたという話があります。日本の食文化史研究家の永山久夫氏の著書『武将メシ』によると、平均寿命が37~38歳ぐらいだったという江戸時代初期に、徳川家康が75歳まで長生きをしたその秘訣のひとつに「麦飯」をあげています。

すでに、白米は平安時代から貴族などの間では食べられており、天下を統一した家康なら日常的に白米を食べることなど難なくできたことでしょう。倹約家であったそうですが、それだけではなく大麦の栄養価の高さもあり麦飯にこだわったとしています。しかも、米は白米ではなく半搗き(はんつき)米にしていたとか。胚芽やぬかの一部を残して精米するため、ビタミンやミネラルが残っています。この食事を続けたことが家康を健康にしました。さらには、気長で穏やかな気性も、精神をリラックスさせるビタミンB1やカルシウムを豊富に含む大麦を食べていたことが影響しているのかもしれません。

ちなみに、家康の家臣であり、天下統一に貢献した大久保彦左衛門も、太平の世になってからも朝食には麦粥を食していたとのこと。そして彼もまた長寿で、平均寿命よりもはるかに長い80年の人生を全うしたのです。

参考文献:『武将メシ』永山久夫著(宝島社)