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“ソウルフード”となった世界の大麦料理


遊牧生活を支えるチベットの「ツァンパ」

歴史上、最も古くから人類に食されてきた穀物の一つといわれる大麦。やがて小麦や米が世界の食文化の主流に変わっていくなかで、大麦を用いた料理が暮らしに欠かせない味覚として根付いた国々も多くあります。

なかでも標高3000〜5000メートルの高地にあるチベットは、世界に冠たる大麦食王国。寒冷地を好む大麦の仲間、裸麦が広く栽培されていて、この裸麦を炒って粉にした「ツァンパ」と呼ばれる焦がし粉を主食としています。食べ方は至ってシンプルで、粉をお湯やギー(ヤクの乳から作るバター)と混ぜて練るだけ。遊牧生活でも羊の革袋に入れて携帯できる保存食として活躍しています。チベットでは、ダライ・ラマの生誕祭に人々がツァンパを空中に放って無病息災を祈る風習もあり、命の糧としてツァンパがどれほど特別な存在であるか、うかがい知ることができます。

西洋の伝統的料理に息づく大麦

ヨーロッパに目を向けると、大麦は伝統的な郷土食の具材の一つとして欠かせない存在であることがわかります。ここでは、大麦を用いた代表的な各国料理をいくつかご紹介しましょう。

まずは、壮大なアルプス懐に抱かれたスイスのチロル地方に伝わる「ゲルシュテン・ズッペ」。ドイツ語でゲルシュテンは大麦、ズッペはスープという意味。名前の通り「大麦のスープ」ですが、特産のベーコンや干し肉、乾燥した野菜を具材に使うのが特徴です。アルプスの冬の寒さは厳しく、昔は冬場に保存食が欠かせませんでした。そこで、寒冷地での栽培に適した大麦と、越冬用に保存しておいた肉や野菜を組み合わせたのが、この一品。まさに“山の民の知恵”を体現したかのような郷土料理です。

チロル地方に限らず、ヨーロッパでは寒冷な気候の国で、スープや煮込み料理の具材として大麦がよく使われています。英国スコットランドの「スコッチブロス」もその一つ。季節の野菜や肉を大麦と一緒にとろ火でコトコト煮込んでいただく具だくさんスープで、レストランでも家庭でも定番の人気メニューです。

ユダヤの安息日に食される「チョレント」

所変わって中東のイスラエル。ここでは、労働をしないユダヤ教の安息日のために誕生した「チョレント」と呼ばれる料理に、大麦が必須食材として使われます。肉、野菜、豆類と大麦を煮込んだユダヤの代表的なシチューで、調理を行わない安息日を前にチョレントをたっぷり作り置きしておくというわけです。

気候風土や宗教などと密接に関わり合い、暮らしの知恵と共に育まれてきた世界各地の大麦を用いた料理。いずれもライフスタイルの変遷に淘汰されることなく、今なお土地の人々に愛されてやまない「ソウルフード」になっています。